2013-06-01から1ヶ月間の記事一覧
建築評論家の川添登さんは、神社の屋根の両端に角のように突出ている“千木”について、その意味を次のように説明しています。「千木は、秀木(ひぎ)ともよばれ、秀木は日木、千木は風木であろうとされる。つまり秀木のヒは太陽の光のヒ、千木のチはコチ(東…
木匠(こだくみ)の猪名部真根(いなべの_まね)や闘鶏御田(つげの_みた)たちとの係わりが「日本書紀」に語られる雄略天皇ですが、「古事記」には彼が建物の屋根に取り付けられた“堅魚(木)”にふれた記述があります。堅魚木(かつおぎ)とは、現在は主に…
埴輪は、古墳時代の3世紀後半から6世紀後半にかけて造られた素焼きの焼き物で、円筒埴輪などの抽象的な形態のものや人物や動物などをかたどった形象埴輪などがあります。いずれも古墳の廻りに立てられ、特に3段構築によってつくられたフラットステージに並べ…
5世紀中頃、最初の記念建築物をつくりあげた木匠、猪名部真根や闘鷄御田たちは、いずれも朝鮮半島(新羅)から渡来した技術者集団の子孫でした。その木造技術は、当初は造船技術として伝来したものだったようですが、それが地上の建築物の造営にも応用され…
国家統合の象徴が古墳から楼閣や寺社などの木造建築へと移り変わっていく変化は、もちろん一気になされたものではありません。古墳時代のまさに最盛期である5世紀中頃に即位した雄略天皇(457~479年頃)は、古墳の築造よりも宮殿・楼閣の建設に関心が高か…